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ベトナムへ。 |
休みを利用してベトナムはハノイへいってまいりました。
3泊4日の短期旅行。
なぜ、ベトナムか。
「BRICs+1戦略」の最有力株。 日系企業進出1000社以上。 ベトナム株の注目度。
今ボクは、東南アジアでは一番発展しているといわれるこの国 タイに住んでいる。 東南アジア内で大いなるライバルとなりうる国、ベトナム。
アジアに住む一員として、その華麗なる発展ぶりをこの目で見ておきたい。
タイのスワンナプーム空港からは2時間ほどでハノイに着く。
ハノイからはミニバスで市内へ向かう。 1時間ほどで市内に着いた。
ここはベトナム 首都ハノイ。 さて、その発展ぶりをオラに見せてくれ。
えっと、クラクションがうるせー。
えっと、コンビニがない。
えっと、なんか暗い。ってか、薄い。
ありがとうございました。
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ちょっとした旅の記憶 4/20 |
昨日の長蛇の列を受け、今日は早めに大使館へ向かうことに。 といっても、VISAの申請は8:30〜12:00の朝方で、VISAの受け取りは13:00〜15:00の昼ころとなっている。
昼前に宿をチェックアウトし、昨日申請しにいった皆との待ち合わせ場所である水のでていない噴水に向かう。 待ち合わせまで時間があったので、噴水近くのベーカリーで朝昼兼用の食事をとった。
大使館へは12:30頃ついたのだが、すでに長蛇の列ができていた。 13:00の開門までは30分ほど。 そして、今日は昨日にも増す炎天下。
首の後ろと足の甲が真っ黒になりました。痛いくらいに。
結局1時間ほど並び、無事にVISAをゲットできた。 その足でバスターミナルへ向かい、まずはノンカーイ行きのバスチケットを購入。 他のタイVISA申請者も、当日中にバンコクへ帰ろうとしている人が多いらしく、バスターミナルにはさっき見た顔がちらほら。
ということは、早めにバスチケットを購入しないと、売り切れてしまい、最悪もう一日留まらなくてはならないかも。。。 事実、ノンカーイ行きのバスチケットは、ボクが買ったあと数人で売り切れ、そのあとに購入しようとした人は、次のバスまで待たなくてはならなかった。
ノンカーイに着いたら、まずバンコク行きのチケットを速攻で購入しよう。
それが間違いの始まりだった。。。
ノンカーイには2時間ほどでついた。 ラオスからの出国も、タイへの入国も、往路と同じく簡単に済んだ。
着いてすぐにバンコク行きのバスを調べると、一番早くて17:30のバスがある。 空き座席を聞いてみると「まだある」とのことだったのですぐに購入した。
バスチケットの代金は350バーツ。
あれ?先日友人がノンカーイからバンコクへ帰ったときは、VIPバス(シートゆったり、座席を倒すとほぼ横になれる、トイレ付)が700バーツだといっていた。 ってことは、VIPバスじゃない?
出発まではあと30分ほど。ちょっと小腹が空いたこともあり、近くのクイティアオ屋で間食。
ふらついてから戻ると、すでにバスにはぎっしりと客が乗り込んでいる。 えっと、あれ?指定席じゃなかったっけ?
慌ててバスに乗り込むと、「こっちだこっちだ」と威勢のいい声をガナリたてているお兄ちゃんが。 VIPバスでいうバスガイドさん的役割(飲み物配ったり、乗客の管理したり)らしい。もちろん、VIPバスではないので、飲み物の配給なんてない。なんなら、乗客の管理もしていない。
例えば、どっかのバスターミナルで休憩があったとする。 普通なら、乗客全員が揃ってから出発する。で、その全員が揃っているかどうかを確認するのがガイドの役目。 でも、こいつ、確認せずにバスの運転手に「OKだ、OKだ」的なことをいう。 で、他の乗客が、「いや、まだきてないじゃん」っていうと、「そうか、まだダメだ、ダメだ」と運転手に告げる。
まぁ、そんなバスに乗っちゃった。
もちろん、こんなバスだから、定員とかはまったく気にしていない。 ボクはなんとか最後部から一列前の椅子に座れたからよかったが、バス後部にびっちりと隙間なく並べられたプラスチック椅子(屋台によくあるアレね)に座らされている人@身動き全く取れず、通路にびっちりと隙間なく並べられたプラスチック椅子に座らされている人@身動き全く取れず、かわいそうでかわいそうで。。。
と思っていると、今度はボクらにも被害が。
「おい、椅子つめろ。もう1人座らせる。」
おい、兄ちゃん、これは二人がけの椅子で、もう1人座らせたらボクらも身動き全く取れずなんですが。 これにはボクの隣に座っていたアフリカ人が反発し、「これは二人がけの椅子だろ。無理だ。」って英語でいってた@兄ちゃんまったく理解せず、っていうか、理解する気なし。
まぁ、兄ちゃんも一旦は諦めてくれたからよかったものの、結局何度も諦めることなく「詰めろ詰めろ」と言い寄ってきた。
いや、それでなくともね、身動きほとんどとれてないんすよ、ボクら。 VIPバスじゃないから、椅子小さいし。すぐ隣にはプラスチック椅子がびっしり並べられてるし。椅子を倒すと「ふざけるな」っていわんばかりの勢いで兄ちゃんが椅子を定位置に勝手に戻すし。
それでもボクらはまだ幸運だったのかもしれない。
前方に立ってる人たちハケーン。
えっと、バンコクまでの12時間、立ちっぱなしですか? このバス、かなり満員電車状態になっていらっしゃるんですが。
さすがに心配になったのか、運転手が後部にいる兄ちゃんに「後ろは大丈夫か?」と聞いてきた。 兄ちゃんは声も高らかに答えた。
「サバーイだ、サバーイだ(快適だ、快適だ)」。
いや、お前に聞いてねえよ。
お塩先生が「オレはハードコアだから」っていって始まった曲がスカだったときのミュージックステーションばりに、皆心の中でそう叫んでいたはずだ。
この兄ちゃんの粗悪な振る舞いはこれだけでは終わらない。
客の荷物が廊下にでてたら、その荷物を蹴って乗客のもとに戻す@乗客苦笑い。 後部から前に移動するときは、椅子の背もたれ部分を足蹴にして進んでいく@たまに乗客の頭や肩を踏んでいく。 上記にもあるが、乗客が揃っていないのに、バスを発車させようとする@個人で乗車の乗客は置いてかれていたかもしれない。
それでも、バスが4時間も進んだ頃には、やっと平穏がおとずれた。 車内の電気が消え、皆眠りにつき始め、ボクもうとうととしてきた。

うとうとしてきた、のに。。。
赤ちゃんの夜泣きが始まりました。しかも二人も。そして相乗効果で、片方が泣くと、もう片方も負けじと泣き出す。
うとうとしては夜泣き。うとうとしては夜泣き。うとうとしては夜泣き。うとうとしては夜泣き。うとうとしては夜泣き。
おい、親。そいつを窓から放り投げろ。
やっと眠りに着いた頃、バスはバンコクのモーチットバスターミナルに到着した。朝4時に。
兄ちゃんは乗客に手を振りながらニコニコとバスで帰っていく。
意外とこいついいやつなのか? そういえば、1人でも多くの乗客を座らせようと、必死に座席をつくっていた。 一生懸命やってもやらなくても、どうせもらえる給料一緒なら、そこまでやらなくてもいいのに、こいつ頑張ってたな。
散々お亡くなりになっていただきたかったあいつなのに、12時間近くも劣悪な環境にいると、人の笑顔はそんなことも連想させるほど暖かなものに感じるんだな。
とか思ってる場合じゃなくて、朝4時でしょ。 うーん、と、どうすればいいんでしょうか。。。
途方に暮れたので、とりあえずセブンイレブンでミロを買って体力補充。 ターミナルの職員にカオサン行きのバス番号を聞き、カオサンへ向かうことにした。
カオサンにつくころには、空も白み始めていた。 なんとかこの時間でも開いている宿を探し、荷物を置いたとたん、ボクは死んだように眠りについた。
眼が覚めるとそこはもうバンコクで、だから、ボクのちょっとした旅は終わっていた。
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ちょっとした旅の記憶 4/19 |
昨日会った友人たちと朝9時に待ち合わせをし、タイ大使館へ向かう。 今日帰らなくてはいけない友人も、「即日発行」の望みを持ち、一応一緒にいくことに。
市内からトゥクトゥクに乗り、パトゥーサイという凱旋門を太らせたような門を抜けて20分ほどのところにタイ大使館はある。
つくと、そこには長蛇の列が。。。ゆうに50人以上は、この灼熱ともいえる炎天下のなか並んでいる。 普段はこんな並ぶことはないらしいのだが、18日まで休みだったため、この人数が押し寄せているらしい。
並んでいる間に申請用紙に記入し、持参した写真とパスポートのコピーを用意する。 1時間以上も並び、着ているTシャツの色が汗で濡れ濃くなりきったころ、やっと受付の前まできた。
受付自体はすんなりと終了し、観光VISA代金の1000バーツを支払い、明日の発行を待つ。
さて、市内に戻るかと思ったとき、またバンコク在住の友人に会った。 その友人が連れていたオーストラリア国籍の怪しいオジサンとともに、総勢5名で市内に戻った。
市内ではお昼をとり、即日発行を諦めた友人は、昼ごはんを食べたあとバンコクへ戻っていった。 うーん、かわいそう。。。来月またトライですね。。。
申請を受け付けてもらえたボクらは、夕飯も一緒にとる約束をし、それぞれの宿に帰っていった。
少し時間ができたので、ビエンチャンを散策してみる。
おしゃれなフランス料理屋が多い。 こじゃれたカフェも多い。 バンコクではあまり見かけない黒人が多い。 現地の人があまりいない。 まだ舗装されておらず、土が剥き出しのままの道路がある。
そんなもん。
なんか、特に見るべきみどころみたいなのがなかった。 首都としての重厚さとか、精悍さみたいなのは辛うじて感じられるのだが、なにかが欠けてるような感覚だった。 なんだろう。。。なにか、こう、心浮き立つものがなにもない。。。
夕飯の時刻になり、待ち合わせ場所に集合したボクらは、集合場所近くにあったレストランにはいった。
ふと、「もう旅をやめよう」と思った。
夕飯には、大使館で会った友人と連れのオジサン、帰っていった友人が知り合った日本人、そしてその日本人の知り合いで、たまたまVISAを申請しにきていた日本人とボクの5人がいた。
たまたまVISAを申請しにきていた日本人は、もう5年以上も旅をしているのだという。 南アメリカ、ヨーロッパ、アジアとまわっており、今はチェンマイでタイマッサージの修行をしているのだとか。 英語、スペイン語、中国語などを喋り、太極拳やタイマッサージのスキルを身に付けている彼は、これから中国へ向かい、一旦日本に帰り、スペインあたりで仕事を探すのだそうだ。
彼の旅には目的があり、なにかを探しながら進んでいた。 だから、5年も旅しているのに、旅擦れした風がなく、端正に動いている印象を受けたのだろう。
旅は人生と似ている。 そんなことを、誰かがいっていた。
人生とは、全身全霊をもって打ち込めるなにかを探し、自己の充実をはかる道だとボクは思う。 それが仕事なのか、お金なのか、芸術なのか、人の幸せなのか、それは人それぞれだが、打ち込めるなにかを探すのが、生きることなのだと、なんか漠然と思う。
では、人生に似ているといわれる旅で、ボクはなにを見つけようとしていたのだろう?なにを見つけたいのだろう?
ボクは「もう、旅をやめよう」と思った。
このままバスを乗り継ぎベトナムまで行き、安宿を探し、また移動し、移動先で安宿を探し。。。 そんな旅に魅力をまったく感じなくなってしまった。
そんな旅は誰にでもできることだし、2週間程度の短い期間ではあるが、事実自分にもできた。
何年も何年もそういう旅をしている人からしたら、「2週間程度でなにがわかる」といわれるであろう。 でも、これ以上こういう旅を続けても意味がないと、ボクは感じてしまった。
それよりも、日本帰国中に考えていたバンコクでやりたいことを実行に移すほうが、よっぽど意味があることのように思えてきた。
明日、大使館でVISAを受け取ったらバンコクに戻ろう。
少し見切りが早い気もしたが、やりたいことをやるため、ボクはバンコクに戻ることにした。
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ちょっとした旅の記憶 4/18 |
低血圧なボクには珍しく、今日も朝8時に眼を覚ました。
9:30出発のラオス(ビエンチャン)行きのバスに乗るため、9時ことチェックアウトし、バスターミナルへ向かう。 ついてすぐにチケットを買いにいったのだが、すでに9:30発のバスチケットは売切れてしまったらしい。 次のバスは12:40。仕方ないので、3時間ほど再度ノンカーイを探索することに。
バスターミナル付近をうろついていると、賑やかな一角にでくわした。朝市だ。
ポーチャイ市場という名のこの市場では、商店、というよりは、仕切られただけの間取りのなかで、果物や野菜、精肉などを所狭しと並べ、売っている。
縦横に張り巡らされた横丁を進みながら、市場を冷やかしてまわる。色とりどりの珍しい形をした果物を見て周り、青々として新鮮な野菜を見て周り、乾物屋に入り浸っている猫と遊んでいると、あっという間に1時間ほどたってしまう。
この市場にはクイティアオなどを出す屋台もあって、市場散策で歩き疲れたボクの胃袋を優しく満たしてくれた。
ふらふらと3時間ほどつぶし、ついに陸路での国境越え。ラオスへ向かう。
バスにゆられること30分弱。タイ側のイミグレーションに到着する。 到着すると、乗客は一旦全員バスから降り、出国審査を通過しなくてはならない。
空港のイミグレーションから考えると至極質素な作りのイミグレーションボックスにパスポートを出す。 あっけないほどに出国スタンプは簡単に押され、再度バスに乗り込む。
タイ-ラオス友好橋をバスで渡り、次はラオス側で入国審査をする。
こちらも簡単で、出入国カードをイミグレーションボックスで受け取り、それに必要事項を記入し、パスポートを一緒に入国管理官に提出する。
すると、1分もしないで入国スタンプが押され、入国が許可される。
初めての陸路での国境越えはなんの感慨も感動もないまま、ただなんとなく終わってしまった。
ビエンチャンには、ノンカーイをでて2時間ほどで到着した。 メコン川沿いへ向かい、その日の宿を探す。
宿探し中に、バンコク在住の友人とばったりでくわした。 ラオスへVISAをとりにきたのだが、13日から18日までタイ大使館が休みだったのを知らず、今日来てしまったのだという。そして、明日にはバンコクへ帰らなくてはならないと。。。
とりあえず、宿を探し、夕飯をともにすることに。
友人がビエンチャンへくる途中で知り合ったという日本人も交え3人で夕食。 メコン川沿いの屋台でラオス料理を食べる。
ラオスはラープやソムタムが名物らしい。 えーっと、タイ料理じゃん。
しかも、そこの店だけなのかどうかはわからないが、味付けが妙に薄い。 ちょっとした物足りなさを残しつつも、時間は過ぎていき、やがてあたりは暗くなっていく。
2人と別れ、ボクはひとり夜のビエンチャンを散策してみた。
ビエンチャンの夜は早い。
店が閉まるのも早いし、街灯が少なく、街がしんと静まっている。 なにも面白いことが起きそうになかった。 それどころか、さっきからバイクに乗ってついてくるオカマがゴツくて怖かった。
だからボクはクイティアオをすすり、宿に戻って寝ることにした。
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ちょっとした旅の記憶 4/17 |
朝8時に目が覚める。 ノンカーイへの始発は11時。
ゆっくりと身支度などをし、テレビを見ながら時間をつぶす。
11時の10分前くらいにチェックアウトし、ルークトゥンが大音量で流れるバスに乗り込む。

バスに乗って1時間ほど。 12時過ぎに、バスはノンカーイについた。
ノンカーイの街は人が生活していた。
いや、もちろんウドンタニーでも人は生活している。
が、商店街が軒並みしまっており、ゴーストタウンを連想させたウドンタニーとは違い、ノンカーイは商店という商店がすべてあいていた。
店員たちは、特に客を待ちわびるでもなく、店員同士でおしゃべりしながら、だらだらと過ごしている。
久々にそんなゆるい活気を目の当たりにした。
ボクは、別に商店で買い物をしたいわけではない。 とりわけ、ボクのような気まぐれ旅行者の場合、何が売られていようがどうでもよかった。
ボクが感じたいのは、その街の活気や雰囲気が、ボクを迎合してくれるのかどうか。
そして、そんなのは自分の勝手さだなんてことは百も承知している。
ボクはノンカーイで、タイを通過する潮時の片鱗を、やっと捕まえられたようだった。
ボクは気が弾む思いで、ゲストハウスを探しにいった。 バスターミナルから、ゲストハウスが密集しているというリムコーン通りへ向かった。
強い日差しにあてられながら、歩いて20分もしたころ、突然目前の景色がひらけた。
そこには、水をその面積いっぱいにたたえ、雄大に流れている川があった。 対岸にはラオスが見える。
そこがリムコーン通りで、だから、その川はメコン川だった。
リムコーン通り沿いにある、外装がきれいで、清潔そうなゲストハウスにチェックインした。
部屋の中は予想通り清潔で、テレビ付、風呂トイレ(ホットシャワー)付、ファンで一泊300B。 2階と3階には、メコン川を見渡せるテラスがついている。


部屋に荷物を置き、早速外へでる。
リムコーン通りを東に進むと、アーケード状の市場にあたる。 その市場を散策しながら、少し遅めの昼食をとる。
本場のイサーン料理を、と、頼んだガイヤーン(鳥の炙り焼き)は油がのっていなく、パサパサとしている。
うーん、バンコクのランスワンにあるガイヤーン屋のほうがセッブ(美味しい(イサーン語))。。。
バスターミナルからゲストハウスを探し歩いているときに、気になっていた場所があった。

大きな金の仏像が、寺のうえに座している。
日射病になるほどの強い日差しの中を歩き続けながら、やっとその場所を見つけた。
寺の名は「ワット ラムドゥアン」。 まだ建立中らしく、内部はまだ工事中のようで、人の気配はまったくない。

屋上に鎮座する仏像。 その眼差しは、メコン川を越え、対岸ラオスを見据えているようであった。
ふと、その仏像が見ている先を、ボクも見たいと思った。
誰もいない建立中の貧相な階段をのぼり、屋上へとのぼってみる。

仏像は、ラオスを見渡していた。
ボクもラオスに目をやる。 ときどき、子どもたちの遊ぶ声が聞こえてくる。
しばらくは酷暑も忘れ、呆然と彼方を見ていた。
ゲストハウスに戻り、ボーっとする頭を水シャワーで起こした。 テラスでコーヒーを飲みながら、太陽が夕陽に変わるのを待つ。
東の空が濃い藍色になり、西の空がすっかりとオレンジ色に染まった頃、ボクはメコン川近くに、その景色を望みにいった。

数人のタイ人にまじって、夕陽が西の空の奥に落ちていくのを眺める。 ゆっくりと、ゆくっりと、そのオレンジ色した体を、川の向こうに沈めていく。
やがて暗闇だけが空を覆うころ、タイでもラオスでも灯りが点り始めた。
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ちょっとした旅の記憶 4/16 |
朝8時頃起きて、ゲストハウス向かいのバスターミナルへ。 ノンカーイへのバスの発車時刻を調べに行った。
様々な地域へ発車するバスが軒を連ねるなか、「ヴィエンチャン行」のバスもあった。
「このままヴィエンチャンへいってしまおうか。」
と思った。
ウドンタニーは、御幣を恐れずにいえば、なにもない街だった。
それは「ボクにとって何もない街」という意味で、ボクがそう思ったからって、この街が魅持っている魅力というものになんの影響も与えないのは当然のこととして。
バスターミナルで時刻を確認したあと、ウドンタニーの街をふらついた。
昼も夜も歩き続けた。
疲れては休み、そしてまた歩いた。
鉄道駅や裏路地にあるディスコも覗いた。 市場にもいったし、バーにもいった。 この街唯一であろうショッピングモールにもいった。
でも、何もなかった。 何も起きなかった。
「このままヴィエンチャンへいってしまおうか。」と思った。
でも、このままタイを通り過ぎてしまったら、なにか心が残ってしまうような気もしていた。
ラオスのタイ大使館は18日まで休業。
明日一日、ノンカーイへいってみるか。
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ちょっとした旅の記憶 4/15 |
ウドンタニーの第二バスターミナルには早朝6:30ころに到着した。
長い間同じような姿勢であったためか、首の後ろ辺りに鈍痛を覚えながら、第一バスターミナルへトゥクトゥクで向かった。
ノンカーイへは第一バスターミナルから向かう。 そのため、第一バスターミナル目の前のゲストハウスに泊まることにした。
風呂トイレ付き(水シャワー)、テレビ付き、ファンで一泊200B。


チェックインし、数時間の仮眠をとったあと、町の散策に。
町を散策していると、やはりというか、水掛祭り中のため全身ずぶぬれに。 ただ、チェンマイと違い、そんなに盛大にはやっておらず、人数もまばらであった。

1時間ほど町歩きをし、ゲストハウスの近くに差し掛かると、水掛をやっているタイ人団体からお呼びがかかった。
特にすることもないので、一緒に遊ばせてもらうことに。
ここでも、ソンテウをとめては乗客を水浸しにし、バイクをとめては「おい、バイク壊れちゃうよ」ってくらいに水をぶっ掛ける@20人分くらい。
また、チェンマイでは見なかった、噂に名高い白いパウダーを、道行く人たちに塗りたくっている。
ボクも全身白くなりながら、S心を落ち着かせるべく、水掛に励んだ。
水に濡れたくない人は、ビニールカッパのようなものを着て、防水しながらバイクを運転している。
ボクのS心は叫んだ。
ふざけるな、と。
そのバイクの前に立ちはだかり、まずはそのバイクをとめる。
驚いたような、怒ったような表情の運転手。 ボクがバケツいっぱいに水を携えていることを見ると、やがてすぐに表情は恐怖の面持ちに変わった。
カッパが唯一その防水性を発揮できない場所。
そう、顔面部分。
顔面部分から、存分に水をそそいであげた。
植物に水を与えるように、厳かに、それでいて柔らかく、バケツのなかの水がなくなるまで、水をそそいであげた@バケツの水はおよそ5リットル。
運転手は何かを諦めたような顔になり、寂れた笑顔で、
「khoopkhun(ありがとう)」
とボクにいった。
ボクは満面の笑みを顔いっぱいにたたえてこたえた。
「mai pen rai(気にするな)」
夜も7時を回ったころ、水掛は終了した。
水掛終了後、水掛会場であった水掛け隊の隊長の家では、ガンパナン(ギャンブル)が始まった。
コイン二枚を皿ではさみ、数回振り、表裏を当てさせるゲーム。
もちろん、鴨まっしぐらにされそうだったのでボクは参加しなかったが、振舞われたお酒と料理はありがたくいただいた。
酔いがまわり、寒さのためか酒のためか、頭の奥のほうに鈍痛を感じ始めたため、ボクはゲストハウスへ戻った。
明日はノンカーイへのバスを調べにいこうと思う。
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ちょっとした旅の記憶 4/14 |
ゲストハウスの人にバイクで送ってもらい、「アーケード」という名のバスターミナルへ。
いまだ水掛は行われているため、道中は水掛け野郎どもを避けての運転。
若干濡れた程度で、無事アーケードに着いた。
夜20時出発のバスに乗り込む。
ここからウドンまでは12時間の旅。
20時を20分ほど過ぎて、バスがゆっくり動き出した。
10分ほど走ると、もう町の明かりはなくなった。 ぽつぽつとしかないオレンジ色の街灯に照らされた道を進んでいくバス。
さらにしばらく進むと、街道すらない山道にはいる。
暗闇のなか、ヘッドライトの明かりだけを頼りに進む。
景色が見えないため、うとうとし始めるとバスが止まる。
なにごとかと外を見ると、バスの停留所らしい。 このバスは、各駅停車であるらしい。
その後も、うとうとしたころに停留所に止まり起こされる。
そんなことを数度繰り返した。
そのうち、やっと完全に眠りに落ちることができた。 が、それもほんの数時間のことだった。
運転手がワーワーと騒ぐ声で起こされると、もう空は白み、朝を迎えていて、だからそこはもうウドンタニーだった。
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ちょっとした旅の記憶 4/13 |
水掛参戦2日目。
昼はチェンマイ最大のデパートであるという「エアポートなんとか」っていうデパートへ。
で、来てみて気づいたが、そんなにデパートに興味あるわけではなかったので、公開したての映画「なんちゃらタートルズ」を見ました。
で、見てみて気づいたが、タートルズになんの興味もないボクは、しっかりと睡眠をいただきました。
昼飯を食べ、ゲストハウスに戻ると、水掛が開始されていました。
この日もしっかりとS心を満たさせてもらいました。
水掛け隊の隊長が、運転席の扉を開けてまで運転手に水を掛けていたのには、同じS族であるボクとしても、見習うものがおおいにありました。
またナイトマーケットをそぞろ歩き、適当に買い物をして、部屋に戻りました。
さて、明日はウドンへ夜行バスの旅です。
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ちょっとした旅の記憶 4/12 |
昼12時にホテルをチェックアウトした。
友人とはホテルで別れ、ボクは今日から数日を過ごすゲストハウスを探した。
タイ大使館が18日まで休業とのことなので、しばらくは移動をせずに、チェンマイで水掛祭りを楽しむことにした。
先日散策して面白かった地元住民向けのナイトマーケット近くでゲストハウスを散策した。 ピン川を渡った側にゲストハウスを発見し、そこに数日泊まることに。
風呂トイレ共同(水シャワー)、テレビなし、ファンの部屋。 で、一泊250B。
荷物を置き、水掛が盛大に行われているという旧市街に。
チェンマイの旧市街はお堀に囲まれていて、そのお堀には水が張られている。 水掛の際は、そこの水を紐付きのバケツですくって、水掛をするらしい。
旧市街につくと、昨日までとはまったく違い、お堀の周りにびっちりと人が詰まっている。 そして、みな一様にバケツ・水鉄砲などを携え、道行く人・車・バイクに、これでもかと水を浴びせている。
ボクも手ごろな大きさのバケツを購入し水掛開始。
お堀の周りを歩きながら、いきあたりばったりの人々に水を掛けまくる。 水掛を始めて1分もしないうちに、全身びしょぬれになってしまう。 そこいらの屋台で売っている肉まんのようなものを食べつつ、お堀をぐるりとまわっていく@肉まんもしっとり。
1時間ほど旧市街での水掛を楽しみ、ゲストハウスに戻る。 と、ゲストハウスの道を挟んだ向かい側の床屋さんでも水掛をやっていた。 店の前に大きなバケツを用意し、総勢10人くらいで、道行くものものに水をかけている。 その様子を見ていると、「お前も来い」と手招きされたので、一緒に遊ばせてもらうことに。
ここは旧市街からは外れたとこにあるため、水掛に参加したくない人たちが通る道らしい。 そんな人たちに水をかけるのは、なかなかにボクのS心を満足させてくれる。
赤信号のため止まる、乗客をいっぱいに乗せているソンテウ。
そのソンテウへバケツいっぱいにはいった水を携え、ニヤニヤしながら近づく我ら水掛け隊。
我らに怖いものはない。
なぜなら、もうびしょぬれだから。
恐れにおののき、顔を強張らせるソンテウの乗客たち。 手を前に突き出し、「やめてくれ!!」と叫ぶ乗客たちに、
「mai khawjai phaasaa thai(タイ語わかりません)」
と返答し、おもいっきり水をかけてやる。 しかも、そのあとに続く水掛け隊@10人分。
水掛け隊のなかに、一人マッチョ系御釜がいたのだが、こいつがすごい。
水をかけられたくない一心で、スピードをあげて我らの前を通過しようとするバイク。
そのバイクの行く先に、悠然と立ち尽くす御釜@衝突したら多分骨折。
運転手は止まらざるを得ず、あきらめたような表情でバイクを止めると、我らの聖水を全身に受け止めた@10人分。
半分泣いているような笑顔を浮かべ、やつは去っていった。
そんな水掛を夕方までやっていると、さすがに寒気がしてきた。 午後7時過ぎに片付けて、ナイトマーケットへ向かった。


ナイトマーケットでクイティアオを食し、ピン川のほとりを散策しながら、ゲストハウスに戻った。
明日、もう一日水掛に参加したら、ウドンタニーへ向かおうと思う。
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