脱サラしてバンコク留学
脱サラしてバンコクへ留学する漢の物語風実話。
プロフィール

Author:geene
東京出身の30歳です。

このblogは、これから海外へ(特にタイへ)留学しようと思っている人のため、少しでも参考になればいいなと思い立ち上げてみました。
ただ、あくまでも私個人の経験談ですので、すべての人が同じようにすれば同じようにいくとは限りません。あしからず。

ご意見、ご質問などは遠慮なく。



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ちょっとした旅の記憶 4/19
昨日会った友人たちと朝9時に待ち合わせをし、タイ大使館へ向かう。
今日帰らなくてはいけない友人も、「即日発行」の望みを持ち、一応一緒にいくことに。

市内からトゥクトゥクに乗り、パトゥーサイという凱旋門を太らせたような門を抜けて20分ほどのところにタイ大使館はある。

つくと、そこには長蛇の列が。。。ゆうに50人以上は、この灼熱ともいえる炎天下のなか並んでいる。
普段はこんな並ぶことはないらしいのだが、18日まで休みだったため、この人数が押し寄せているらしい。

並んでいる間に申請用紙に記入し、持参した写真とパスポートのコピーを用意する。
1時間以上も並び、着ているTシャツの色が汗で濡れ濃くなりきったころ、やっと受付の前まできた。

受付自体はすんなりと終了し、観光VISA代金の1000バーツを支払い、明日の発行を待つ。

さて、市内に戻るかと思ったとき、またバンコク在住の友人に会った。
その友人が連れていたオーストラリア国籍の怪しいオジサンとともに、総勢5名で市内に戻った。

市内ではお昼をとり、即日発行を諦めた友人は、昼ごはんを食べたあとバンコクへ戻っていった。
うーん、かわいそう。。。来月またトライですね。。。

申請を受け付けてもらえたボクらは、夕飯も一緒にとる約束をし、それぞれの宿に帰っていった。

少し時間ができたので、ビエンチャンを散策してみる。

おしゃれなフランス料理屋が多い。
こじゃれたカフェも多い。
バンコクではあまり見かけない黒人が多い。
現地の人があまりいない。
まだ舗装されておらず、土が剥き出しのままの道路がある。

そんなもん。

なんか、特に見るべきみどころみたいなのがなかった。
首都としての重厚さとか、精悍さみたいなのは辛うじて感じられるのだが、なにかが欠けてるような感覚だった。
なんだろう。。。なにか、こう、心浮き立つものがなにもない。。。

夕飯の時刻になり、待ち合わせ場所に集合したボクらは、集合場所近くにあったレストランにはいった。



ふと、「もう旅をやめよう」と思った。



夕飯には、大使館で会った友人と連れのオジサン、帰っていった友人が知り合った日本人、そしてその日本人の知り合いで、たまたまVISAを申請しにきていた日本人とボクの5人がいた。

たまたまVISAを申請しにきていた日本人は、もう5年以上も旅をしているのだという。
南アメリカ、ヨーロッパ、アジアとまわっており、今はチェンマイでタイマッサージの修行をしているのだとか。
英語、スペイン語、中国語などを喋り、太極拳やタイマッサージのスキルを身に付けている彼は、これから中国へ向かい、一旦日本に帰り、スペインあたりで仕事を探すのだそうだ。

彼の旅には目的があり、なにかを探しながら進んでいた。
だから、5年も旅しているのに、旅擦れした風がなく、端正に動いている印象を受けたのだろう。





旅は人生と似ている。
そんなことを、誰かがいっていた。

人生とは、全身全霊をもって打ち込めるなにかを探し、自己の充実をはかる道だとボクは思う。
それが仕事なのか、お金なのか、芸術なのか、人の幸せなのか、それは人それぞれだが、打ち込めるなにかを探すのが、生きることなのだと、なんか漠然と思う。



では、人生に似ているといわれる旅で、ボクはなにを見つけようとしていたのだろう?なにを見つけたいのだろう?





ボクは「もう、旅をやめよう」と思った。

このままバスを乗り継ぎベトナムまで行き、安宿を探し、また移動し、移動先で安宿を探し。。。
そんな旅に魅力をまったく感じなくなってしまった。

そんな旅は誰にでもできることだし、2週間程度の短い期間ではあるが、事実自分にもできた。

何年も何年もそういう旅をしている人からしたら、「2週間程度でなにがわかる」といわれるであろう。
でも、これ以上こういう旅を続けても意味がないと、ボクは感じてしまった。

それよりも、日本帰国中に考えていたバンコクでやりたいことを実行に移すほうが、よっぽど意味があることのように思えてきた。



明日、大使館でVISAを受け取ったらバンコクに戻ろう。



少し見切りが早い気もしたが、やりたいことをやるため、ボクはバンコクに戻ることにした。
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ちょっとした旅の記憶 4/18
低血圧なボクには珍しく、今日も朝8時に眼を覚ました。

9:30出発のラオス(ビエンチャン)行きのバスに乗るため、9時ことチェックアウトし、バスターミナルへ向かう。
ついてすぐにチケットを買いにいったのだが、すでに9:30発のバスチケットは売切れてしまったらしい。
次のバスは12:40。仕方ないので、3時間ほど再度ノンカーイを探索することに。

バスターミナル付近をうろついていると、賑やかな一角にでくわした。朝市だ。

ポーチャイ市場という名のこの市場では、商店、というよりは、仕切られただけの間取りのなかで、果物や野菜、精肉などを所狭しと並べ、売っている。

縦横に張り巡らされた横丁を進みながら、市場を冷やかしてまわる。色とりどりの珍しい形をした果物を見て周り、青々として新鮮な野菜を見て周り、乾物屋に入り浸っている猫と遊んでいると、あっという間に1時間ほどたってしまう。

この市場にはクイティアオなどを出す屋台もあって、市場散策で歩き疲れたボクの胃袋を優しく満たしてくれた。

ふらふらと3時間ほどつぶし、ついに陸路での国境越え。ラオスへ向かう。

バスにゆられること30分弱。タイ側のイミグレーションに到着する。
到着すると、乗客は一旦全員バスから降り、出国審査を通過しなくてはならない。

空港のイミグレーションから考えると至極質素な作りのイミグレーションボックスにパスポートを出す。
あっけないほどに出国スタンプは簡単に押され、再度バスに乗り込む。

タイ-ラオス友好橋をバスで渡り、次はラオス側で入国審査をする。

こちらも簡単で、出入国カードをイミグレーションボックスで受け取り、それに必要事項を記入し、パスポートを一緒に入国管理官に提出する。

すると、1分もしないで入国スタンプが押され、入国が許可される。

初めての陸路での国境越えはなんの感慨も感動もないまま、ただなんとなく終わってしまった。

ビエンチャンには、ノンカーイをでて2時間ほどで到着した。
メコン川沿いへ向かい、その日の宿を探す。

宿探し中に、バンコク在住の友人とばったりでくわした。
ラオスへVISAをとりにきたのだが、13日から18日までタイ大使館が休みだったのを知らず、今日来てしまったのだという。そして、明日にはバンコクへ帰らなくてはならないと。。。

とりあえず、宿を探し、夕飯をともにすることに。

友人がビエンチャンへくる途中で知り合ったという日本人も交え3人で夕食。
メコン川沿いの屋台でラオス料理を食べる。

ラオスはラープやソムタムが名物らしい。
えーっと、タイ料理じゃん。

しかも、そこの店だけなのかどうかはわからないが、味付けが妙に薄い。
ちょっとした物足りなさを残しつつも、時間は過ぎていき、やがてあたりは暗くなっていく。

2人と別れ、ボクはひとり夜のビエンチャンを散策してみた。

ビエンチャンの夜は早い。

店が閉まるのも早いし、街灯が少なく、街がしんと静まっている。
なにも面白いことが起きそうになかった。
それどころか、さっきからバイクに乗ってついてくるオカマがゴツくて怖かった。

だからボクはクイティアオをすすり、宿に戻って寝ることにした。

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ちょっとした旅の記憶 4/17
朝8時に目が覚める。
ノンカーイへの始発は11時。

ゆっくりと身支度などをし、テレビを見ながら時間をつぶす。

11時の10分前くらいにチェックアウトし、ルークトゥンが大音量で流れるバスに乗り込む。

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バスに乗って1時間ほど。
12時過ぎに、バスはノンカーイについた。



ノンカーイの街は人が生活していた。

いや、もちろんウドンタニーでも人は生活している。

が、商店街が軒並みしまっており、ゴーストタウンを連想させたウドンタニーとは違い、ノンカーイは商店という商店がすべてあいていた。

店員たちは、特に客を待ちわびるでもなく、店員同士でおしゃべりしながら、だらだらと過ごしている。

久々にそんなゆるい活気を目の当たりにした。

ボクは、別に商店で買い物をしたいわけではない。
とりわけ、ボクのような気まぐれ旅行者の場合、何が売られていようがどうでもよかった。

ボクが感じたいのは、その街の活気や雰囲気が、ボクを迎合してくれるのかどうか。

そして、そんなのは自分の勝手さだなんてことは百も承知している。



ボクはノンカーイで、タイを通過する潮時の片鱗を、やっと捕まえられたようだった。



ボクは気が弾む思いで、ゲストハウスを探しにいった。
バスターミナルから、ゲストハウスが密集しているというリムコーン通りへ向かった。

強い日差しにあてられながら、歩いて20分もしたころ、突然目前の景色がひらけた。



そこには、水をその面積いっぱいにたたえ、雄大に流れている川があった。
対岸にはラオスが見える。

そこがリムコーン通りで、だから、その川はメコン川だった。



リムコーン通り沿いにある、外装がきれいで、清潔そうなゲストハウスにチェックインした。

部屋の中は予想通り清潔で、テレビ付、風呂トイレ(ホットシャワー)付、ファンで一泊300B。
2階と3階には、メコン川を見渡せるテラスがついている。

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部屋に荷物を置き、早速外へでる。

リムコーン通りを東に進むと、アーケード状の市場にあたる。
その市場を散策しながら、少し遅めの昼食をとる。

本場のイサーン料理を、と、頼んだガイヤーン(鳥の炙り焼き)は油がのっていなく、パサパサとしている。

うーん、バンコクのランスワンにあるガイヤーン屋のほうがセッブ(美味しい(イサーン語))。。。



バスターミナルからゲストハウスを探し歩いているときに、気になっていた場所があった。

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大きな金の仏像が、寺のうえに座している。

日射病になるほどの強い日差しの中を歩き続けながら、やっとその場所を見つけた。

寺の名は「ワット ラムドゥアン」。
まだ建立中らしく、内部はまだ工事中のようで、人の気配はまったくない。

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屋上に鎮座する仏像。
その眼差しは、メコン川を越え、対岸ラオスを見据えているようであった。

ふと、その仏像が見ている先を、ボクも見たいと思った。

誰もいない建立中の貧相な階段をのぼり、屋上へとのぼってみる。


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仏像は、ラオスを見渡していた。

ボクもラオスに目をやる。
ときどき、子どもたちの遊ぶ声が聞こえてくる。

しばらくは酷暑も忘れ、呆然と彼方を見ていた。



ゲストハウスに戻り、ボーっとする頭を水シャワーで起こした。
テラスでコーヒーを飲みながら、太陽が夕陽に変わるのを待つ。

東の空が濃い藍色になり、西の空がすっかりとオレンジ色に染まった頃、ボクはメコン川近くに、その景色を望みにいった。

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数人のタイ人にまじって、夕陽が西の空の奥に落ちていくのを眺める。
ゆっくりと、ゆくっりと、そのオレンジ色した体を、川の向こうに沈めていく。

やがて暗闇だけが空を覆うころ、タイでもラオスでも灯りが点り始めた。

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ちょっとした旅の記憶 4/16
朝8時頃起きて、ゲストハウス向かいのバスターミナルへ。
ノンカーイへのバスの発車時刻を調べに行った。

様々な地域へ発車するバスが軒を連ねるなか、「ヴィエンチャン行」のバスもあった。



「このままヴィエンチャンへいってしまおうか。」



と思った。







ウドンタニーは、御幣を恐れずにいえば、なにもない街だった。

それは「ボクにとって何もない街」という意味で、ボクがそう思ったからって、この街が魅持っている魅力というものになんの影響も与えないのは当然のこととして。

バスターミナルで時刻を確認したあと、ウドンタニーの街をふらついた。

昼も夜も歩き続けた。

疲れては休み、そしてまた歩いた。

鉄道駅や裏路地にあるディスコも覗いた。
市場にもいったし、バーにもいった。
この街唯一であろうショッピングモールにもいった。

でも、何もなかった。
何も起きなかった。







「このままヴィエンチャンへいってしまおうか。」と思った。

でも、このままタイを通り過ぎてしまったら、なにか心が残ってしまうような気もしていた。



ラオスのタイ大使館は18日まで休業。

明日一日、ノンカーイへいってみるか。

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ちょっとした旅の記憶 4/15
ウドンタニーの第二バスターミナルには早朝6:30ころに到着した。

長い間同じような姿勢であったためか、首の後ろ辺りに鈍痛を覚えながら、第一バスターミナルへトゥクトゥクで向かった。

ノンカーイへは第一バスターミナルから向かう。
そのため、第一バスターミナル目の前のゲストハウスに泊まることにした。

風呂トイレ付き(水シャワー)、テレビ付き、ファンで一泊200B。

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チェックインし、数時間の仮眠をとったあと、町の散策に。



町を散策していると、やはりというか、水掛祭り中のため全身ずぶぬれに。
ただ、チェンマイと違い、そんなに盛大にはやっておらず、人数もまばらであった。

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1時間ほど町歩きをし、ゲストハウスの近くに差し掛かると、水掛をやっているタイ人団体からお呼びがかかった。

特にすることもないので、一緒に遊ばせてもらうことに。



ここでも、ソンテウをとめては乗客を水浸しにし、バイクをとめては「おい、バイク壊れちゃうよ」ってくらいに水をぶっ掛ける@20人分くらい。

また、チェンマイでは見なかった、噂に名高い白いパウダーを、道行く人たちに塗りたくっている。

ボクも全身白くなりながら、S心を落ち着かせるべく、水掛に励んだ。



水に濡れたくない人は、ビニールカッパのようなものを着て、防水しながらバイクを運転している。

ボクのS心は叫んだ。





ふざけるな、と。





そのバイクの前に立ちはだかり、まずはそのバイクをとめる。

驚いたような、怒ったような表情の運転手。
ボクがバケツいっぱいに水を携えていることを見ると、やがてすぐに表情は恐怖の面持ちに変わった。

カッパが唯一その防水性を発揮できない場所。



そう、顔面部分。



顔面部分から、存分に水をそそいであげた。

植物に水を与えるように、厳かに、それでいて柔らかく、バケツのなかの水がなくなるまで、水をそそいであげた@バケツの水はおよそ5リットル。



運転手は何かを諦めたような顔になり、寂れた笑顔で、

「khoopkhun(ありがとう)」

とボクにいった。

ボクは満面の笑みを顔いっぱいにたたえてこたえた。

「mai pen rai(気にするな)」





夜も7時を回ったころ、水掛は終了した。

水掛終了後、水掛会場であった水掛け隊の隊長の家では、ガンパナン(ギャンブル)が始まった。

コイン二枚を皿ではさみ、数回振り、表裏を当てさせるゲーム。

もちろん、鴨まっしぐらにされそうだったのでボクは参加しなかったが、振舞われたお酒と料理はありがたくいただいた。



酔いがまわり、寒さのためか酒のためか、頭の奥のほうに鈍痛を感じ始めたため、ボクはゲストハウスへ戻った。

明日はノンカーイへのバスを調べにいこうと思う。

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ちょっとした旅の記憶 4/14
ゲストハウスの人にバイクで送ってもらい、「アーケード」という名のバスターミナルへ。

いまだ水掛は行われているため、道中は水掛け野郎どもを避けての運転。

若干濡れた程度で、無事アーケードに着いた。



夜20時出発のバスに乗り込む。

ここからウドンまでは12時間の旅。

20時を20分ほど過ぎて、バスがゆっくり動き出した。

10分ほど走ると、もう町の明かりはなくなった。
ぽつぽつとしかないオレンジ色の街灯に照らされた道を進んでいくバス。

さらにしばらく進むと、街道すらない山道にはいる。

暗闇のなか、ヘッドライトの明かりだけを頼りに進む。

景色が見えないため、うとうとし始めるとバスが止まる。

なにごとかと外を見ると、バスの停留所らしい。
このバスは、各駅停車であるらしい。

その後も、うとうとしたころに停留所に止まり起こされる。

そんなことを数度繰り返した。



そのうち、やっと完全に眠りに落ちることができた。
が、それもほんの数時間のことだった。

運転手がワーワーと騒ぐ声で起こされると、もう空は白み、朝を迎えていて、だからそこはもうウドンタニーだった。

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ちょっとした旅の記憶 4/13
水掛参戦2日目。

昼はチェンマイ最大のデパートであるという「エアポートなんとか」っていうデパートへ。



で、来てみて気づいたが、そんなにデパートに興味あるわけではなかったので、公開したての映画「なんちゃらタートルズ」を見ました。



で、見てみて気づいたが、タートルズになんの興味もないボクは、しっかりと睡眠をいただきました。



昼飯を食べ、ゲストハウスに戻ると、水掛が開始されていました。

この日もしっかりとS心を満たさせてもらいました。

水掛け隊の隊長が、運転席の扉を開けてまで運転手に水を掛けていたのには、同じS族であるボクとしても、見習うものがおおいにありました。

またナイトマーケットをそぞろ歩き、適当に買い物をして、部屋に戻りました。

さて、明日はウドンへ夜行バスの旅です。

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ちょっとした旅の記憶 4/12
昼12時にホテルをチェックアウトした。

友人とはホテルで別れ、ボクは今日から数日を過ごすゲストハウスを探した。

タイ大使館が18日まで休業とのことなので、しばらくは移動をせずに、チェンマイで水掛祭りを楽しむことにした。

先日散策して面白かった地元住民向けのナイトマーケット近くでゲストハウスを散策した。
ピン川を渡った側にゲストハウスを発見し、そこに数日泊まることに。

風呂トイレ共同(水シャワー)、テレビなし、ファンの部屋。
で、一泊250B。

荷物を置き、水掛が盛大に行われているという旧市街に。



チェンマイの旧市街はお堀に囲まれていて、そのお堀には水が張られている。
水掛の際は、そこの水を紐付きのバケツですくって、水掛をするらしい。

旧市街につくと、昨日までとはまったく違い、お堀の周りにびっちりと人が詰まっている。
そして、みな一様にバケツ・水鉄砲などを携え、道行く人・車・バイクに、これでもかと水を浴びせている。



ボクも手ごろな大きさのバケツを購入し水掛開始。

お堀の周りを歩きながら、いきあたりばったりの人々に水を掛けまくる。
水掛を始めて1分もしないうちに、全身びしょぬれになってしまう。
そこいらの屋台で売っている肉まんのようなものを食べつつ、お堀をぐるりとまわっていく@肉まんもしっとり。



1時間ほど旧市街での水掛を楽しみ、ゲストハウスに戻る。
と、ゲストハウスの道を挟んだ向かい側の床屋さんでも水掛をやっていた。
店の前に大きなバケツを用意し、総勢10人くらいで、道行くものものに水をかけている。
その様子を見ていると、「お前も来い」と手招きされたので、一緒に遊ばせてもらうことに。

ここは旧市街からは外れたとこにあるため、水掛に参加したくない人たちが通る道らしい。
そんな人たちに水をかけるのは、なかなかにボクのS心を満足させてくれる。



赤信号のため止まる、乗客をいっぱいに乗せているソンテウ。

そのソンテウへバケツいっぱいにはいった水を携え、ニヤニヤしながら近づく我ら水掛け隊。

我らに怖いものはない。

なぜなら、もうびしょぬれだから。

恐れにおののき、顔を強張らせるソンテウの乗客たち。
手を前に突き出し、「やめてくれ!!」と叫ぶ乗客たちに、

「mai khawjai phaasaa thai(タイ語わかりません)」

と返答し、おもいっきり水をかけてやる。
しかも、そのあとに続く水掛け隊@10人分。



水掛け隊のなかに、一人マッチョ系御釜がいたのだが、こいつがすごい。

水をかけられたくない一心で、スピードをあげて我らの前を通過しようとするバイク。

そのバイクの行く先に、悠然と立ち尽くす御釜@衝突したら多分骨折。

運転手は止まらざるを得ず、あきらめたような表情でバイクを止めると、我らの聖水を全身に受け止めた@10人分。

半分泣いているような笑顔を浮かべ、やつは去っていった。



そんな水掛を夕方までやっていると、さすがに寒気がしてきた。
午後7時過ぎに片付けて、ナイトマーケットへ向かった。

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ナイトマーケットでクイティアオを食し、ピン川のほとりを散策しながら、ゲストハウスに戻った。

明日、もう一日水掛に参加したら、ウドンタニーへ向かおうと思う。

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ちょっとした旅の記憶 4/11
困った。

4/13から4/18まで、タイ大使館がソンクラーン(タイ正月)のため休業のようだ。

今回の旅では、「周辺諸国を見てみたい」という単純な希望と、「タイの観光VISAを取る」という実質的な要望があった。

また、今月末に日本から友人が来タイするということもあり、今月末までにはバンコクに戻っていたかった。

だが、友人からの電話で「4/13から4/18まで休業らしい」ということを知り、困ってしまった。

4/12にはチェンマイを離れ、ノンカーイ→ラオスへと向かう予定であった。

しかも、チェンマイからはノンカーイへ直接向かうバスはないらしく、いったんウドンタニーという町を経由しなくてはならないことも判明した。

うーん、これはソンクラーンをチェンマイで過ごすか。。。



ともあれ、この日はドイステープへ観光することにした。

北門からドイステープへのソンテウ(乗り合いトラック)がでているとの情報を得、まずは北門へ。

北門にいくと、すぐにソンテウは見つかった。
が、10人そろわないと出発しないという。
2人でチャーターだと、一人400バーツだという。

ちょっと考えていると、運転手が「もう一人、日本人がいた」と日本人をつれてきた。一人200バーツでチャーターできるとのことだったので、それでOKし、一路ドイステープへ。


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ドイステープは山のうえにあり、さらに階段をのぼり本堂へ向かう。

蒼々とした木々に囲まれ、決して大きくはないその本堂は、不思議と和める空間であった。

ひとしきり本堂を見たあと、同乗した日本人の方とコーヒーを啜りながら談笑。

日本の学生さんで、今年の8月からバンコクへ留学するとのこと。
バンコクにある大学との交換留学とのことで、さらに語学学校にも通うらしい。

また、ベトナム・ラオス・タイと渡り歩いてきたとのことで、いろいろと情報を教えていただく。



ドイステープで1時間ほどゆったりし、市内へ戻る。

昼ご飯を食べていなかったことを思い出し、ソンテウの運転手に告げ、カオソーイを食しにいくことに。

カオソーイを食しに行く途中、旧市街のお堀の周りを通っていったのだが、もうすでに水掛けが始まっている。

たまたまお坊さんがソンテウに同乗したのだが、そんなことはお構いなく水をかけてくる人々@お堀の水は泥水で不衛生。

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なんとか泥水の攻撃を防ぎつつ、カオソーイのある食堂に。
あまりの美味しさに2杯ほど平らげ、また市内へ戻る。

その日の夜行バスでバンコクへ戻るという学生さんと別れ、今日は観光客用のナイトマーケットへ。

「ザ・みやげ物」が軒を連ねているだけで、特に面白いことはなく、街道沿いのマッサージ屋で1時間ほど施術を受けたあと、ホテルへ戻って就寝。



余談だが。

チェンマイにhutch(携帯通信会社)のリフィルカードはないらしい。

チャージ額が20バーツほどになったボクは、セブンイレブンにいき、

「aw bat tuum ngun hutch(hutchのリフィルカードください)」

とお願いしたのだが、

「thii chiangmai mai mii(チェンマイにはない)」

といわれてしまった。

3.4店舗で訊いてみたが、どこも同じこたえだったので、本当にないらしい。

チェンマイでもないんだから、その他地方都市でもhutchのリフィルカードはないであろう。

チェンマイや地方都市にお出かけの方で、hutchを利用している方は、充分にチャージしてから出かけることをお勧めする。

ちなみに、今ボクが誰かと連絡とりたいときは、その人の携帯へ向けてワン切りして、その人から連絡してもらうのを待つという、駄目人間を絵に描いたような方法でやり取りしています。

生まれてきてすみません。

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ちょっとした旅の記憶 4/10
実質、チェンマイ1日目。

チェンマイの旧市街を散策することに。

旧市街を歩くと、そこかしこにワット(寺)が存在している。
ちょっと歩くと右手にワット。そして、またちょっと歩くと左手にワット。

ふらふらとそぞろに歩きながら、なんとなくはいってみたくなったワットに入りお参りする。

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夕飯はピン川という川沿いにあるレストランでタイ料理。

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夕食後、レストランからほど近くに明かりが瞬いているのを見つけ、そちらのほうへいってみる。

そこは地元民用のナイトマーケットらしく、ホテルから近いナイトマーケットとは客層も違ったし、扱っている品物も違った。

フルーツ、ご飯のおかず、衣料品、日用雑貨。。。

その日の夕食を求めに訪れているのであろうタイ人のおばさんや、着飾る衣服を求めにきている若者たちの姿を見つつ、ボクらも市場を散策する。



いったんホテルへ戻ったあと、地元の人たちが遊びに行くというニマンヘミン通りにあるディスコへ。

バンドの演奏レベルはいまいちだったものの、バンコクではあまり見たことがない「Groove Riders」や「TATTOO COLOUR」などの曲も演奏されていて、それなりに満足。



旧市街のお堀近くにあるクイティアオ屋で夜食をとって、家路についた。

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ちょっとした旅の記憶 4/9
過ごしやすかった宿をチェックアウトし、一緒にチェンマイへ旅する友人の経営するアソークの店へ。

店へつき、荷物を降ろしたあと、今後旅する国での使用通貨のことを考え、ナナのVASUへドルを買いにいく。

旅の準備をすべて終え、18時に空港へ。

今回使用する航空会社はAir ASIA。
この飛行機、席が自由席とのこと。
つまり、乗った順に好きな席を選べる。

その斬新さに惹かれ、友人に予約しておいてもらった。

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20:30搭乗-20:50出発予定のこの飛行機は、予想通り遅延し、1時間弱待たされた後、搭乗開始、出発となった。

飛行機に乗り込み、席を確保する。

チェンマイへは1時間ちょっとで到着。
空港でタクシーをチャーターし、これまた友人が予約しておいてくれたホテルへ。

一泊2000Bほどのこのホテル。
部屋は広く清潔、ナイトマーケットへも徒歩5分ほどで到着するほどの好立地。

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少しあたりを散策し、屋台で夕飯をとり、その日は就寝。



高いビルが少なく、バンコクよりも広く感じる空には、真オレンジ色した月が浮かんでいた。

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ちょっとした旅の記憶 4/8
4/9よりチェンマイへいく。
友人とボクと2人旅だ。

友人は4/12にバンコクへ戻るが、ボクはそのままノンカーイへ向かい、そしてラオス、ベトナムへ向かう。

そのため、ラオス・ベトナムの情報を調べなくてはならないのだが、ボクは何もしていないといっていいほど、なんの情報も調べていなかった。

そのため、今日はその旅程を調べるため、カオサンのネットカフェに入り浸った。



夕方になり、友人と夕食をとるため、ランナムへ向かう。
久々のランナムの中華料理屋。

夕食後は飲み屋へ向かい、友人たちとゆったり話をする。

日本への一時帰国のこと、これからの旅のこと、これからのバンコクでの生活のこと。。。



カオサンへ戻り、旅行前のバンコクでの最後の夜を過ごす。

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ちょっとした旅の記憶 4/7
友人の経営する店がMBKでのコスプレイベントに参加する日であった。

ささやかながら助力になるかと、お手伝いをしにMBKへ。

午前10:30。
到着するも誰もいない。。。

5分ほどして友人がタバコをふかしながら笑顔で登場。

「いやぁ、誰もこないんですよ。」

彼の笑顔には諦めという名の光が宿っていた。



やっと従業員がそろいだし、出展ブースの飾りつけ。
あたりがコスプレイヤーたちで埋まりだしたころ、ブースオープン。

途中スコールに見舞われたりもしたが、おおきなトラブルもなく、終了時刻を迎えた。



その後、友人とプラトゥーナム近辺にあるクイティアオ屋で夕飯をとり、カオサンへ帰宅。

そろそろ始まる旅の予定を練らなくてはならない時期になってきた。

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ちょっとした旅の記憶 4/6
部屋に差し込む朝日がまぶしく、目を覚ました。

水シャワーを浴び、さっぱりしたところで、今日もカオサンを散策。
タイ人の友人がやっているペイントショップに顔を出し、久々の再会を祝う。



夜はまたランナムで友人たちと夕食。

24時間営業のイサーン料理屋へ久々に赴く。
ひとしきりたいらげたあと、カオサンのバンコクバーへ繰り出す。
そのあと、2.3件梯子をすると、いつのまにか時刻は3時ころに。
そして、カオサンにいたはずなのに、いつのまにかラチャダーに。

クイティアオをすすり、カオサンへ帰宅。

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ちょっとした旅の記憶 4/5
ぐっすりと眠ったせいか、その日は低血圧のボクには珍しく、朝9時ころに目を覚ました。

質素な朝飯をとり、あと数日を過ごすための宿を探しにいく。



ワットチャナソンクラームの裏手にあるゲストハウス群をくまなく探した結果、一泊300B、風呂トイレつき(水シャワー)、テレビつき、ファンつきの部屋に泊まることにした。

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エレベーターなしの6階の部屋で、たどり着くまでに一苦労なのだが、窓から見える景色が、ボクをここに留まらせた。

眼下に広がる寺が一望に見渡せ、遠方にはお気に入りのワットプーカオトーンも見える。

陽光が差し込む清潔な部屋を見つけられたことに満足し、久しぶりのカオサン生活を楽しんだ。



夜は、友人たちとランナムですごした。

久しぶりのランナム。
久しぶりに会う友人たち。

店に流れる大音量の音楽に負けないくらいの大声で、ボクらは飲み、笑い、騒いだ。



日付が変わり、2時間も過ぎたころお開きとなり、一ヵ月後の再会を約束して、友人たちと別れた。

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ちょっとした旅の記憶 4/4
ふいに目を射抜かれた。

飛行機が降下しはじめた時刻と、陽が暮れる時刻が重なり、窓からオレンジ色した夕日が差し込んできた。

バンコクのスワンナプーム空港に着いたのは、予定より1時間ほど遅れた17時ころ。
出発ロビーよりタクシーに乗り込み、夕日を追いかけるようにバンコク市内へ向かう。

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来週から1ヶ月ほど旅にでる。

スーツケースを友人に預かってもらうため、友人が店を構えるアソークへ。
荷物を預かってもらい、チムチュムをつつきにでかける。



久しぶりに野外でつつくタイ料理。

「戻ってきたんだなぁ」という感慨と、「さて、今日の宿はどうしよう」という焦燥とにはさまれながら、コームーヤーンを流し込む。

ひとしきり食べ終わり、カオサンまで送ってもらう。
さて、宿探しの始まり。



夜中2時ころのカオサンは、さすがに人がまばらで活気がなかった。
寝ていなかったことを思い出し、疲れがどっと押し寄せてきた。
納得の行く宿を探すのはあきらめ、とりあえず目に付いたカオサン通り沿いの「D&D」にチェックイン。

ボクは泥のように眠った。

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ちょこっと近況
こんにちは。ボクです。

今、ウドンタニーというタイ東北地方の町にいます。

明日にはノーンカーイへ旅立つ予定です。
そのあとラオスへ向かい、ベトナムへ向かいます。

先週9日から、友人とチェンマイへいってきました。
定番ですが、ドイステープをのぼり、カオソーイを食し、旧市街を散策しました。

友人は12日にバンコクへ帰っていったのですが、ちょうどソンクラーン(タイ正月)の時期だったので、水掛が盛大に行われるというチェンマイの町に、もうしばらくとどまることにしました。

13日、14日と水掛祭に参加しました。
旧市街の周辺が一番盛大に行われていました。
旧市街はお堀に囲まれており、そのお堀にたまっている水を掬い、道行く人、道行く車、道行くバイクに次々と放水していきます。

そこに、容赦という二文字は見当たりません。

しっとりどころが、ぐっしゃりとずぶ濡れになるまで、これでもかと水をかけられます。
たまに氷で冷やされた冷水をかけられるのですが、そいつの顔を氷でつぶしてやろうかと思うくらい冷たく、タイなのに体が震えるほど寒くなります。

14日の20時に発車する長距離バスにのり、ウドンタニーへ向かいました。
15日の朝7時ころに到着し、宿を探し、仮眠をとり、そしてまた水掛に参加しました。

宿の近くを歩いていたところ、「お前も水掛参加しろ」と、道で水かけやってたタイ人団体に誘われ、ご一緒させてもらいました。



詳しくはまた今度書きます。

とりあえず、ボクは元気でいっぱい水をかけて、かけられています。

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お恥ずかしながら
帰ってまいりました。

タイの皆様、お久しぶりです。
日本の皆様、滞在中はお世話になりました。

皆、大好きです。



現在、カオサンにてエセバックパッカー気取りをしております。

来週くらいから旅行にいこうと思っとります。



行程としては、、、

・チェンマイ
  ↓
・ラオス
  ↓
・ベトナム(ハノイ)
  ↓
・ベトナム(ホーチミン)
  ↓
・カンボジア
  ↓
・バンコク

って感じです。



ただ、問題があるんです。

ラオス⇔ベトナム間の陸路での入国ルートはあるのか?
ベトナム⇔カンボジア間の陸路での入国ルートはあるのか?

ってのが、調べてないため、全くわかりません。
これから調べてみようとは思いますが、ご存知の方、いらっしゃいましたらお知恵を拝借させてください。



まぁ、そんなこんなで、しばらく更新してなかったにもかかわらず、さらに更新ができない日々になると思われます。

ネタはいっぱいあるんですよ。いや、ホントに。
そのうち書いていこうと思います。



取り急ぎ、日本の皆へのお礼と、タイの皆への挨拶ということで、ここは、ひとつ。

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第二章の始まり
日本から離れるということに、感傷を感じている余裕はなかった。
物思いに耽るための時間は、出国準備がかき消した。
そして、窓から眺めている景色が斜めに傾き、地面に立っているときとは違う感覚を感じたとき、ボクの第二章が始まった。





空港には、チェックイン予定時刻の午前10時を大幅に上回る7時ころについた。

チェックインまで3時間。
フライトまで5時間。

ボクは本屋で立ち読みをし、スタバでチャイティーラテを飲み、優雅に、というよりも、ダラダラと時間を使った。

10時になる15分前。
そろそろ並ぼうかとチェックインカウンターにいくと、そこにはもうすでに長蛇の列が。

20分ほどならび、ようやく機内預けのスーツケースをセキュリティーチェック。
そしてカウンターに並ぶことさらに10分。

チェックインを無事済ませ、スーツケースの重量を量る。



35kg。



規定は20kgまで。サービスして、23kgまでだという。
1kg超過ごとの料金は3200円。つまり、もし超過料金を払うのであれば、3万円以上の出費を覚悟しなくてはならない。フフフ。

なるべくモノがちゃんと詰まるよう、家で一生懸命がんばった荷造りは、このとき無用の努力だったということがわかった。

一片の悲しみを携え、カウンターのお姉さんに「えっと、詰めなおします」と告げ、カウンターに並んでいる人たちの後ろのスペースで詰めなおし。

基本的に、必要なものだけ持ってきたつもりなのだが、そのなかでもいらなそうなものをスーツケースから出す。
機内持ち込みようのバックパックに、スーツケースからだされたモノモノを詰められるだけ詰めた。
それでも詰められないものは、紙袋に詰めた。
さらにそれでも詰められないものは、仕方ない、捨てることにした。

そうして意を決して臨んだ二回目の軽量。



30kg。



「30kg」の表示に「プ」って噴出すお姉さん。
そして「あ、プって笑われた」と思って笑うボク。

そんなシュールな映像を成田の片隅で繰り広げつつ、再度詰めなおしてみた。

そして、再度軽量。



26kg。



予定調和のように笑うお姉さんとボク。

お姉さんは何もいわず「機内預OK」のシールをスーツケースに貼ってくれた。

こんなお姉さんとの攻防戦を繰り広げていたせいで、さっきまで時間に余裕が有り余っていたボクの時間はすっかり消え去った。

えっと、早く出国手続きして、ゲートに向かわなきゃ。。。

しかし、まだひとつ問題があった。

機内に持ち込める荷物は1つまでという規定がある。

しかし、ボクにはバックパックと、紙袋があった。

さっきスーツケースから戦力外通告をうけて捨てることにしたモノのなかでも、「こいつは捨てられない」ってモノを紙袋にいれておいた。
だから、その紙袋も、できれば機内に持ち込みたい。

バックパックと、さらに小さな肩掛けバックを持っているすでに違反気味のボクは、さらに紙袋を引っさげるという冒険をしてみた。

手荷物1つの規定に、手荷物3つで挑む。
「駄目」っていわれたら、担当のインド人に握らせればいいや。

そう覚悟しゲートに向かった@時間がないので競歩気味。

ゲートにたっていたのは、なんと日本人。。。
嗚呼、賄賂使えねぇ。。。

まずはボディーチェックを受け、次に荷物検査。

「預かり物はないですか?」
「自分で荷造りしましたか?」
「・・・」

と2,3の質問のあと、

「はい、ご協力ありがとうございました。」

と、通された。

あれ?いいの?

と周囲を見回すと、5,6個手荷物持ってる猛者もいた。

なんとか時間ぴったりにゲートにつき、手荷物検査もパスし、ようやくホッとしたところに「飛行機遅延します。うふ。」って放送。

急いだ意味ないじゃん。。。





結局、飛行機は30分遅れで離陸。

日本から離れるということに、感傷を感じている余裕はなかった。
物思いに耽るための時間は、出国準備がかき消した。
そして、窓から眺めている景色が斜めに傾き、地面に立っているときとは違う感覚を感じたとき、ボクの第二章が始まった。

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出発の朝
あるいは、ボクはすでに躓いてしまったのかもしれなかった。



一時帰国があける前日、つまり、訪タイ前日、ボクはとうとう眠ることができなかった。

飛行機は正午12時発。
平日水曜ということもあり、ラッシュアワーに巻き込まれぬよう、7自発の電車で成田へ向かう予定であった。

だが、ボクはついに眠れなかった。

今回の訪タイでの具体的なアクションプランが決まっていないどころか、今日とまる宿すら決まっていない。

そんな不安要素がボクを眠らせてくれなかった。
タイとの2時間という時差が、いつのまにか体に染み付いていたせいかもしれない。

とにかくボクは眠れずに、だから、始発で成田を目指すことにした。



重いスーツケースをがらがらと押していく。

ふと気づくと、イヤホンのスポンジが片方なくなっている。
とれやすくなっていたから、気をつけていたつもりだったのだが、迂闊にも落としてしまったようだ。

「しまったな」と思った。

イヤホンとはいっても、耳も中にはめ込むタイプのイヤホンでなく、ヘッドホンのように耳にあてるタイプのイヤホンであった。
だから、スポンジがなくなってしまうと、ボコボコとしたプラスチックの面を直接耳にあてなくてはならない。

落としたものは小さなものだけど、「落とした」という行為自体に、ボクは気が滅入った。
これから始まることすべてに対し、なにかが欠落してしまうのではないか、と。

「使えないことはない。」

ボクはそのボコボコしているプラスチックの面を耳に押しあて、「なんとかなる。」と自分に言い聞かせてみた。
スポンジを落としたせいで自分の感情に芽生えた欠落感や、これからの不安感に対しても言い聞かせていた。



なんとかなる。なんとかならないことはない。



重いスーツケースをなんとか駅まで運んだ。
電車に乗りさえすれば、あとはこの重い荷物を移動しなくてもいい。
すでに疲れを感じながら、ふとスーツケースに乗せておいた紙袋を見てみる。

そこには落としたと思っていたイヤホンのスポンジがあった。

なんのことはない。スポンジはスーツケースに乗せていた紙袋に落っこちていただけであった。
ボクはそのスポンジをプラスチックの面にかぶせ、再度耳に押しあてた。



「なんだ、ただそれだけのことだったんだ。」



落としたと思っていたモノは、姿を消していただけで、失くしてはいなかったんだ。
欠落して消えてしまったと思っていたことは、こうして戻ってくることもあるんだ。
躓いたとしても、躓いた先でなにかが見つかることもあるんだ。



ボクはホームにすべりこんできた始発電車に、一歩を踏み入れた。

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