脱サラしてバンコク留学
脱サラしてバンコクへ留学する漢の物語風実話。
プロフィール

Author:geene
東京出身の30歳です。

このblogは、これから海外へ(特にタイへ)留学しようと思っている人のため、少しでも参考になればいいなと思い立ち上げてみました。
ただ、あくまでも私個人の経験談ですので、すべての人が同じようにすれば同じようにいくとは限りません。あしからず。

ご意見、ご質問などは遠慮なく。



最近の記事



最近のコメント



月別アーカイブ



カテゴリー



ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる



ブログ内検索



リンク

このブログをリンクに追加する



スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

[PR] 台湾ワーキングホリデー


なにげに
働きはじめているんですよ、ええ。

しかも、一ヶ月ほどね、ええ。

いきなりプレゼンに連れて行かれたり、「このものが私のプレゼンをタイ語に訳します」とか打ち合わせなしに言われたり、タイ人同士のMTGに参加したけどやっぱタイ語オンリーのMTGだったり、いろいろと経験させていただきましたコノヤロウ。

すこしずつ書いていきますので、たまにのぞいてやってください。
スポンサーサイト

[PR] 台湾ワーキングホリデー


ガポールへVISAとり 3日目
6/28 9時、起床。

ドミの住人たちに話しかけられぬよう、こっそりと後にする。



VISAの受け取りは午後からなので、もうちょっと観光へいってみることに。

ドミからほど近いところに「スルタンモスク」なるイスラム寺院があるという。
ガポールにいながらにしてイスラム建築が見れるチャンスとあり、心弾ませながら彼の地へ向かう。

ランプとか売ってたら部屋のインテリアに欲しいなぁ、とか、アラブ人どもに絨毯売りつけられそうになったらどうかわそう、とか、アラブな街を想像して歩いてたんだけど、あれ?えっと、モスク一個あるだけ?

一応モスクの中にはいってみた。

モスクの入り口には、「一般人は絨毯がひいていないとこしか入場できません」との張り紙。

モスクにはいった瞬間に絨毯がひきはじめてあった。



おい、全然はいれないアルヨ。



周囲ももっとイスラミーゼな感じかと思ってたんだけど、まぁ、道3本分の街って感じ。

交差点にあった喫茶店でチャイをいただく。
これはうまかった。
おそらく、今回のガポール旅中、口にしたもののなかで一番おいしかった。



時間が迫ってきたので、オーチャードにあるタイ大使館へ。

VISAをすんなり受け取り、さぁ、バンコクへ帰国だ。

が、20:30の飛行機だから、まだまだ時間がありあまってる。。。
しかも、もうあんま見たいとこない。。。

仕方ないので、オーチャードからドービーというところまでそぞろに歩き、道沿いのキレイなビルたちに次々侵入。

高島屋で本読んだり、HMVで新作視聴したり、だらだらだらだらだらだら過ごしつつ時間をつぶす。



時刻がきたので空港へ。
飛行機への搭乗もすんなり。

飛行機ではタイ人のおっちゃんが隣に座った。

「おまえ、日本人か?」

と話しかけてきたので、

「いいえ、台湾人です」

と適当にあしらいつつ、睡眠確保。

するとおじさん、

「おい、兄ちゃん、見ろ見ろ!!あのスッチー、ダラー(有名女優)だぞ!!」

え?女優ってスッチーやってていいの?ってか、女優としての仕事ねぇのか?

そんな疑問を尻目に、おっちゃん、このスッチーから次々と車内販売製品ご購入。
Air ASIAとマンチェスターユナイテッドのダブルネーム帽子を購入しながら、このスッチーにさかんに話しかけている。



チョwwwwオマwwwwwwwハナシタイダケデニセモノシュウタダヨウショウヒン5000バーツブンゴコウニュウwwwwwww



とか思いながら窓の外に目をやると、眼下にはうっすらと灯りが広がっている。

バンコクにはもうすぐ到着だ。

なんか、ガポールよりも慣れ親しんだ国なのに、ガポールいくときよりドキドキした。

新しいことが始まるからかな。



さて、これからだ。

[PR] 台湾ワーキングホリデー


ガポールへVISAとり 2日目
6/27 7:00 起床。



タイ大使館は9時頃からオープンとのことなので、8時にドミをでて、大使館のあるオーチャードへ向かう。

オーチャードは、いわば日本の銀座、みたいな。

高級デパートがここぞとばかりに立ち並び、買い物客を次々と飲み込んでいく街。

で、8:30に着いちゃったよ、大使館。
眉毛がつながってる守衛の兄ちゃんに「もうちょっとしてから来い」っていわれたよ。
いや、お前、完全眉毛繋がりすぎ。



と、心の悪態をつきつつ、近場にあったフードコートへ。

薄気味の悪い色をしたソースがかかっている叉焼飯をいただく。
意外や意外、けっこうあっさりしたお味。



朝食を済ませ、眉毛がつながっているところへ。

大使館にて申請書を受け取り、事前に用意しておいた以下の書類を申請書とともに提出。

・会社からの奨励状
・大学卒業証明書(英文)
・在職証明書(英文)
・パスポート
・パスポートのコピー
・照明写真

すると、アラブ顔した大使館員が、このうえなく無愛想に、

「これ、いらねぇから」

的な態度でほぼ全ての書類を返してきた。

受け取ったのは会社からの奨励状と照明写真付の申請書とパスポートだけ。
ちょっと不安だったから、

「ホントにいらないの?」

と聞くも、

「いらねぇよ、ボケ」

といわれたので、いつか火をつけてやろうと誓い退散。



オーチャード通りをそぞろに歩き、さて観光にでもいくか。



まずはリトルインディア。

うわ、インド人多っ。
うわ、飲み物ピンク色っ。



ラッフルズにマーライオンを見に。

うわ、小さっ。
うわ、背中に四角いボックスっ。



チャイナタウンへ。

うわ、漢字っ。
声でかっ。



にしてもさ。

ガポールって綺麗だね。
ちょっと歩くと、すぐ六本木ヒルズ的な建物がそびえている。

国土が狭かったり、国策で街ごと改良したり、いろいろやったことの賜物なんだろうけど、すごいな、と。

いや、とにかく綺麗。



まぁ、そんな国でした。

[PR] 台湾ワーキングホリデー


ガポールへVISAとり 1日目
さて、仕事が始まり一週間が経ちましたが、ガポール(シンガポールのこと。柳沢シンゴ先生が「LA」のことを「ロス」じゃなくて「ジェルス」というのと同じ感覚になって読んでくださいコラ)へVISAとりにいったお話を。



------------------------------------------------------------

ガポールへは6/26~28の二泊三日でいってきた。

26日にバンコクを出発。
27日の朝方に大使館へ出向き申請。
28日に受け取ってバンコクへ帰国って手はず。

前日の25日はバンド練習で、その後、案の定深夜1時までぐっすり飲んだ。

家に帰り旅の支度もせずに眠ってしまった。

朝起きるとまだ5時。二度寝して起きたら11時。
やばい、14時までにはチェックインしないと。

ってことで、急いで支度して空港へ。

今回のガポールVISAとり旅行の経費は、全部自分もち。
会社は何もしてくれない。自分の身は自分で守れ、と。

なので、ケチってアヌサワリーチャイから出てるバスで空港へ。



アフォなことをした。



運転手に聞くと、「14時には着くよ。余裕で」みたいなことをいったので、信用して乗り込むと、ちんたらちんたらと進むバス。

おい、なにちんたらしてんだ。

いや、ちんたらくらいだったらよかったのかもしれない。

途中、バスの停留所のようなところで小休止をとりはじめた。

おい、なに休んでんだ。

と思ったら、休んでるんじゃなくて、運転手交代。

おい、14時っておまえがいったんだろ。



気をもみながらも、なんとかチェックインに間に合う。
アフォなことして気をもんでしまった。



フライトまで時間があったのでコーヒーでも飲みながら優雅に過ごす。
と思ったのだが、ホテルを予約してなかったことを思い出し、友人に借りた「地球の歩き方」で本日の宿泊場所を検索。
そういえば、この飛行機を予約したのも、つい先日の金曜だったっけ。

なんてことを考えつつ、気付くと搭乗時間。

嗚呼、なんで優雅に過ごせないんだろう。。。



ガポールまでは3,4時間くらい。



着いてすぐにMRT(地下鉄)にのり「ブギス」という駅へ。
今回の宿をここにすることにしたからだ。

ガポールは、タイに比べると宿泊費が高い。
宿泊費を浮かすため、今回人生初のドミトリーにとまったのだが、それでも20ガポール$(約1600円)。タイだったら、個室でシャワー・トイレ・テレビ付のお値段だ。

ってか、ビジネスVISAとるためにいったガポールでドミって。。。

と自分を自嘲しつつ、ベッドを確保。
ここの宿は、普通のビルの3階に位置していて、一見ふっつうのマンションのように見える。
ドアがあって、呼び鈴があって。

で、その呼び鈴を鳴らすと、なかからおばちゃんがでてきて、「泊まるなら泊まりな」程度の愛想で対応してくれる。

ドミにはいると、陽気な欧米系の人種たちが気さくに話しかけてくる。
マンドクセ。眠いんですが。適当に「really?」とかいって濁しておく。



夕飯をとりがてら、ちょっと外を検索に。

コーヒーでも飲みながら明日の計画をたてようと思い、KFCに入りコーヒーをオーダー。

びっくりするほど不味いカフェイン。そして信じられないほどに熱い。



よし、オレ、不貞寝。

[PR] 台湾ワーキングホリデー


観光VISA延長の儚き生涯
「首都なのにメインストリートが土」で有名なラオスでとってきた観光VISAが切れる。

ってことで、サトーンのほうにある入国管理局へVISA延長の申請をしにいく。

延長に必要なのは以下のものもの。



・パスポート
・パスポートコピー(顔写真、出国カード、最後のタイへの入国スタンプが押してあるページ)
・申請用紙
・1900バーツ
・顔写真



申請用紙に関しては、はいってすぐのinformationで「観光VISAの延長にきた」っていえば、それ用の申請用紙をくれる。



申請用紙に記入し、再度infomationへいき、必要書類を提出すると番号札(っていうか紙)をくれる。

待合室で自分の番号が呼ばれるまで待つ。
観光VISAの延長は2番ゲートなので、番号が電光掲示板に表示されたら、どうぞ2番ゲートへ。

で、ここでお金払うと、今度はプラ板っぽい番号札を渡される。

で、2番ゲート専用のちいさい電光掲示板にその番号が表示されたら再度2番ゲートへ。

都合2時間ほど待ったが、無事に延長できた。

ってか、ここのイミグレ、いつも混み杉。。。
皆国に帰ればいいのに。



で、延長したばかりなんだけど、ボク、そろそろシンガポールいってビジネスVISAとってくるんだよね。。。

嗚呼、1900B、短い夢をありがとう。。。

[PR] 台湾ワーキングホリデー


プラクルアンがボクを目掛けて落ちてきた日
その日の雲行きは朝から怪しく、そういえばベッドのうえに置いておいたプラクルアン(タイのお守り)が、夜中ボクを目掛け落ちてきて目を覚ましたっけ。



今日はデーブ=スペクターなんか比べ物にならないくらい日本語が上手なタイ人の友人の引越しをお手伝いする日。

手伝うことが決まったのは前日で、いつもの軽い口調で答えちゃったのが、あとあと考えると災いしたようだ。

その前日、ボクはタイで知り合った友人たちを誘い飲み会を開いていた。
その席で、



「そういえば、明日引越しなんですよ。」

「ホントに?じゃー、手伝うよ。」



そんな社交辞令的な会話をしていた。



次の日の午前11時に電話が鳴った。



「今アパートのしたの駐車場にいます。」



そう、やつは車を持っていた。そして、ボクのアパートも知っていた。
ボクの軽返事は、ボクを夢から覚まし、現実を直視させる力を、ボクの知らないところで得ていたようだ。



覚悟を決め乗り込んだ車には、すでに2人の引越し要員が。
このとき、総勢4名で荷物の置いてある旧アパートに向かおうとした。





いや、待てよ。
そういえば、昨日の飲み会で、もう一人社交辞令的挨拶をしていたヤツがいた。

ボクは迷わずヤツに電話した。





20分後。

総勢5名となった引越班は、腹ごしらえをすべくMKへ向かっていた。

MKに向かっている道中、今回の主催である引っ越し当事者は耳を疑うようなことをおっしゃった。



「そういえば、今日アパートが停電なんですよ。だからエレベーターが使えないんです。」



おそるおそるボクは尋ねた。



「何階に住んでるの?」



あの方はおっしゃった。



「5階。」



早くも挫けそうになったボクは、最悪の状況を想定しつつも、一分の望みを託してさらに尋ねた。



「大物はいる?」



あの方はおっしゃった。



「えっと、冷蔵庫とテレビ。」



大物いらっしゃるよ。。。_| ̄|○

しかもお二方揃い踏みだよ。。。_| ̄|...○





契約金代わりのMKを食べ終え、戦地に赴く。

そこは、「ほぼ片付けました」という表現を寸分の狂いも無く絵に描いたような状況の戦地となっていた。

えっと、まだちゃんと片付いて無いじゃん。。。



ボクは早くも若干途方に暮れていた。
ふと主催を見ると、ベッドに腰掛けてゆったりまったり。

手下2人がせっせせっせと片づけをしている。。
この2人が良く働くんだ、これが。
もの洗ったり、包んだり、袋詰めにしたり、いやぁ、テキパキと。







いつもこの2人が(片付けを)やってくれるから、楽なんですよねぇ。
何もしなくていいんです。
                         『主催の発言集』より抜粋







この2人が、



「annii aw mai?(これいるの?)」



と聞くと、さすが主催、いたわりに溢れた返答をしなさる。



「aw si(いるに決まってんだろ)」



えっと、あの、本来はあなたがやることなんですが。。。





主催がお休みになっている間に、ピックアップトラックを所有している手下含む3人が新たに呼び出されてきた。
皆で冷蔵庫やら、テレビやら、雑誌やら、寝具やら、なにやななにまで、すべてを5階から1階まで運ぶ。
ええ、もちろん、手持ちでね。

途中、ファランがアパートに備え付けのプールで、プライベートビーチばりに日光浴しているのを目の保養にしつつ、汗を滴らせながら、心を無にしながら、下へ下へと運ぶ。

全館停電だから、クーラーもついてない。
そう、ボクらは熱帯の国で灼熱の引っ越しをしているんだ。



無だ、無になるんだ。



全てのモノを車にのせ、引っ越し先に向かう。



引っ越し先のアパートはさすがにエレベーターは動くので、スムーズにことが進んだ。
荷物の搬入が終わると、後半戦参加の主戦力3人が帰っていった。





ありがとう。

君たちがいなかったら、ボクが冷蔵庫を運ばなきゃならなかった。
君たちが冷蔵庫を5階から1階までゼェゼェいいながら運んでいるとき、ボクと呼び出した友人が持っていたのは、それはそれは小さなカバン。
君たちがそれを見たとき、なんと表現すれば事足りるだろう、殺意に満ちた笑顔を、ボクらに投げかけてくれたよね。
あの笑顔、ボクは一生忘れない、いや、忘れられそうにない。

本当に、ありがとう。





搬入後、ぐったり休んでいると、



「さて、お腹すいたから夕飯いこう」



ということになり、車で一路夕飯へ向かう。







1時間後。

海が見えた。

raanaahaan.jpg


サムットプラカーンの海が見える海鮮タイ料理屋で夕飯。

えっと、焼肉がよかったのですが。。。
ってか、遠ぃよぅ。。。

呼び出した友人の「びっくりモノマネSHOW」をそぞろに見ながら、ざっくりと夕飯を食べる。

美しい海だ。蚊がいる。







(ソムタムプーを一口食べて)

mai aroi.khuun pai dai mai?(まずい。返却していい?)
                      『主催の発言集』より抜粋







美味しい海鮮をすべて平らげたあと、車でアパートまで送ってもらう。
アパート下の駐車場で皆とお別れ。





その日の雲行きは朝から怪しく、そういえばベッドのうえに置いておいたプラクルアン(タイのお守り)が、夜中ボクを目掛け落ちてきて目を覚ましたっけ。

次の日、いうまでもなく、朝から筋肉が痛でした。

[PR] 台湾ワーキングホリデー


凛としたその姿勢には
日本映画の『Hula Girl』を見てきた。

小さい頃、祖母の故郷である福島にいった際、「常磐ハワイアンセンター」にいったことがあった。
なので、なんとなしに見てみたのだが、これがヒット・ヒット・ヒットですよ。



炭鉱での労働だけで生活を支えてきた村の話。
主な燃料が石油にとって代わられた時代。
炭鉱夫たちは大幅にリストラされる。
そんななか持ち上がったプロジェクトは「極寒の東北地方にハワイを作る」というもの。
そんな夢のような物語に夢を見るものがいて、翻弄されるものがいて、抵抗するものがいて、それでも生きるために、それぞれ皆がそれぞれの決断をする。



主演の青井優や、松雪泰子、南海キャンディーズのしずちゃんなど、多分、初めてハワイアンダンスを勉強したと思うんだけど、いや、凄かった。
稚拙な表現なんだけど、「凄い」という言葉しか浮かんでこなかった。
もちろん、カメラワークだとか、映画の物語だとか、そういうものも関係しているのだろうけど、でも、凄かった。

なんか、それだけで涙腺が綻んだ。



ダンスをしているその凛とした姿勢には、屈強な意志と明確な存在が宿っていた。



その姿には、当初反対していた人たちも心動かされる。

そこには葛藤しながら戦う母がいて、仕事をまっとうしようとする男がいて、影ながら支える兄がいて、疑問を持ちつつもやり遂げようとするプロジェクトリーダーがいる。



なにかを成し遂げた人たちの物語は、なんかもうドラマですよね。
まぁ、これも映画なんだけど、実際の創業時は、映画よりも壮大なドラマがあったんだろうなぁ、と。

なにかを変えたくて、なにかを始める人たち。

それを凛とした姿勢でできるようになれば、ボクもレベルアップできるんだろうなぁ。

[PR] 台湾ワーキングホリデー




上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。